「なんのために働いているんだろう?」
そんな問いを、ふと感じたことはありませんか?
私がこの本に出会ったのは、会社を辞めてしばらく経った頃。
時間にも心にも少しだけ余裕ができて、“働く意味”を見つめ直したいと思っていた時期でした。
小沼大地さんの『働く意義の見つけ方』を読むうちに、
「仕事」を超えて「志事(しごと)」という言葉が、静かに胸に響いてきました。
情熱としたたかさ、そして“青黒さ”という表現が特に印象に残っています。
この本は、単なるキャリア論ではなく、
“自分の志事とは何か”を改めて考えさせてくれる一冊でした。
働く意味を問い直す時代に

働くことが、少し重く感じるとき
「働くこと」って、いつからこんなに複雑になったんでしょう。
昔は“生活のため”が当たり前だったのに、
今は“やりがい”や“意義”が求められる。
でもその一方で、
「頑張っているのに、何か満たされない」
そんな違和感を抱く人も増えています。
AI時代、“なぜ働くのか”が問われている
AIやリモートワークが進み、
“どこでも働ける”時代になりました。
けれど、その便利さの裏で、
“何のために働くのか”が見えづらくなっています。
仕事が効率化されるほど、
心のエネルギーは空っぽになりやすい。
だからこそ今、「働く意味」を取り戻すことが大切なんですよね。
社会と自分をつなぐ“志事”という考え方
小沼さんが言うように、
働くことは「社会と自分をつなぐ行為」。
そのつながりが見えなくなると、
働く意味もぼやけてしまいます。
もう一度立ち止まって、
「自分の志事ってなんだろう?」と問いかけてみる。
その小さな問いこそが、
働くことを“自分の物語”へと戻す第一歩なのかもしれません。

小沼大地さんの「挑戦の歩み」から学ぶこと
安定を捨て、未知へ飛び込む勇気
小沼さんのキャリアは、まさに挑戦の連続です。
青年海外協力隊としてシリアへ派遣され、異文化の中で「働くとは何か」を学ぶ。
その後、マッキンゼーに転職し、同期の中でもいち早く昇進のオファーを受けます。
順風満帆なキャリア──。
でも彼は、その安定を手放し、「自分の想いを形にする」ことを選びました。
そこにあったのは、確固たるビジョンではなく、“小さな違和感”と“行動する勇気”でした。
震災と100戦100敗のスタート
起業準備を進めていた最終出社日、まさかの3月11日。
東日本大震災の日でした。
社会も、自分の未来も、すべてが一瞬で揺らぐ。
そこからのスタートは、まさに試練。
営業しても成果は出ず、「100戦100敗」と語るほどの連続の挫折。
理想と現実のギャップに打ちのめされながらも、
彼は「それでも挑戦をやめない」と決めたのです。
「青黒さ」が支えた現実的な情熱
そんな苦しい中で彼が大切にしたのが、「青黒さ」という言葉。
理想を信じる“青さ”と、現実を受け止める“黒さ”。
その両方を抱えたまま前に進む強さが、彼の情熱を支えました。
情熱とは、ただ熱く燃えることではない。
泥にまみれ、悔しさを飲み込み、それでも進む粘り強さ。
それが、現実を動かすエネルギーになるのだと気づかされます。
もうやめよう──そこから道が拓けた
「もう無理かもしれない」と思った瞬間、
最初の案件が決まります。
そこから少しずつ、彼の想いに共感する人が現れ、
仲間が増え、企業が協力し始めました。
留職の仕組みが形になり、
“誰かのために働くこと”が再び社会の中で息を吹き返す。
その瞬間、挑戦は孤独な戦いから、“共感の輪”へと変わっていきました。
志は、行動の先に生まれる
小沼さんの歩みを見ていると、志とは“結果”ではなく“プロセス”なのだと感じます。
情熱や成功を先に探すのではなく、行動しながら育てていく。
志は、静かに積み重ねる日々の中から生まれる。
そして、誰かの想いと重なったときに初めて、
“働く意義”として形になるのかもしれません。
こうした“挑戦の歩み”を重ねることで、
人は新しい自分に出会うのかもしれません。

「留職」という働き方が教えてくれること

「留職」は、社会と自分をつなぐ“実験の場”
小沼さんが立ち上げた「クロスフィールズ」が行う“留職(りゅうしょく)”は、
企業の社員が数カ月間、新興国で社会課題の解決に取り組むというプログラム。
いわば「民間版の青年海外協力隊」です。
でも、ここで問われているのは“ボランティア”ではなく、
**「働くとは、誰のために力を使うことなのか」**という根源的な問い。
それは、仕事を通じて社会とつながる“実践的な思想の場”なのです。
スキルよりも、共感力と想像力
現地で必要とされるのは、
完璧なスキルでも、マニュアル的な対応でもありません。
文化も環境も異なる中で、相手と共に考える力。
それが「共感力」と「想像力」です。
この2つは、どんな職場にも通じる“知的な働き方の核”。
相手の立場に立ち、現場を見て、自分の枠を超える。
そうした体験が、「働く意味」を深くしていくのです。
“仕事”が“志事”に変わる瞬間
留職の参加者たちは、帰国後こう語るそうです。
「自分の仕事が、誰かの役に立っていると実感できた」
「小さな行動が社会を動かすことを知った」
それは単なる感動体験ではなく、
「志を持って働く」という意識の再起動。
“社会とつながる働き方”が、“志事”へと変わる瞬間なのです。
留職が教えてくれる「働き方の思想」
結局のところ、留職の本質は制度ではなく思想です。
それは──
働くとは、自分の成長と社会の幸福を両立させる営みである。
効率でも成果でもなく、意味を中心に据える働き方。
その思想が、今の時代にこそ必要なのだと思います。
留職という“現場”は、その思想を実感するための実験場。
そして、誰もが自分の中でそれを試すことができる。
日々の仕事の中にも、「志事」への入口はきっとあるはずです。

「志事」への変化は、誰にでも起こりうる
志は、特別な才能ではなく“意識の方向転換”
小沼さんの取り組みが示しているのは、
「志事」は特別な人のものではない、ということ。
志とは、スキルや肩書きではなく、“意識の持ち方”の問題です。
誰かの課題に気づき、そこに自分の力を重ねようとする。
その瞬間、仕事はただの“業務”から“志事”に変わります。
つまり、働き方を変えるよりも、働く意味の見方を変えることが大切なのです。
情熱は“やりたいこと”ではなく“なぜやりたいか”から
小沼さんは言います。
「情熱は、やりたいことからではなく、“なぜやりたいか”から生まれる」。
多くの人は“何をするか”を探し続けます。
でも、本当の原動力は“なぜ”の部分にあります。
心の奥にある「誰かの役に立ちたい」「社会を良くしたい」という想いが、
行動に力を与えるんです。
やりたいことを探すより、なぜ心が動くのかを掘り下げる。
そこに、あなた自身の“志”の芽が隠れています。
小さな行動が、大きな意味を持つ
志事とは、壮大な夢を追うことではありません。
たとえば、同僚をサポートする。
お客様に一言、丁寧な言葉をかける。
そんな小さな行動の積み重ねが、結果的に社会を動かしていきます。
「留職」のような特別な経験がなくても、
私たちは日常の中で“志”を表現できる。
そのことに気づくことが、働く意味を取り戻す第一歩です。

“志事”は日常の中にある
志事とは、どこか遠い理想ではなく、
日々の仕事の中に潜んでいます。
自分の手で誰かを支える、
自分の言葉で誰かを励ます──。
そんな瞬間に、心の奥で“働く喜び”が灯る。
「働く」は“仕える”ではなく、“活かす”。
自分の力を、誰かのために活かすこと。
その意識の変化こそが、誰もが体験できる“志事”への第一歩なのです。
感性と情熱の時代に、私たちができること
正解よりも、“感じる力”を信じる
AIがどんなに進化しても、
人の心を動かすのは“感じる力”です。
誰かの困りごとに気づく。
小さな違和感に立ち止まる。
その感性こそが、次の行動を生み出す原動力になります。
「正しいこと」より、「自分が信じたいこと」。
そこに、自分らしい“働く軸”が見えてきます。
つながりの中で、志は育つ
人は一人では志を育てられません。
仲間との対話や、社会との関わりの中で、
自分の想いが磨かれ、形になっていく。
誰かと協働することで、
自分の志が他者の中にも息づいていく。
その循環こそが、「志事」を続ける力になるのだと思います。
“志事”とは、自分を使って社会を動かすこと
働くとは、単なる労働ではなく、
自分のエネルギーを通して社会を少し良くすること。
それが“志事”の本質です。
スキルよりも、情熱と感性。
効率よりも、つながりと共感。
そのバランスを保ちながら働くことが、
これからの時代を生きる「知的な働き方」ではないでしょうか。

🪞まとめ:志事を、模索し続けるという生き方
小沼大地さんの『働く意義の見つけ方』は、
「志を持って働く」という理想を描くだけでなく、
そこに至るまでの葛藤や不安をも正直に描いています。
私自身も、この本を読んでから、
“自分の志事とは何か”を今でも模索しています。
働く意味に「これだ」という答えは、きっとありません。
けれど、問い続けること──それ自体が志の証。
感性を研ぎ、情熱を絶やさず、
社会とつながりながら、自分らしい志事を育てていきたい。
それが、この本が教えてくれた、
「働く意義を生きる」ということなのだと思います。




